影を蹴飛ばす
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ソニーとアップル
よくipodやiphoneの成功を「アップルの生態系の勝利」と表現することがある。
的を得た表現であると思う。

ipodやitunesの本質はそのモノそのものにあるのではなくitunesやapp storeから音楽やアプリを安価でダウンロードできる仕組みをつくったことにある。そしてその仕組みを利用するためのツールとしてipodやiphoneを投入し、見事にヒトをその生態系の中に組み込むことができた。それがアップルのここ数年の成功の本質であると思う。

それに対してソニーは相変わらずモノベースでの販売しかできておらず、生態系を開発しようとしても中途半端なものしか世に出せていない。あるいは複雑で大衆には使いこなせないようなものしか世に出ていない。

ネットを武器に上手く活用する方法を編み出して、世に出回っているモノを再発明したことが勝因であると思う。
そういえば400年前の日本にも同じようなことがあった。その頃の日本には鉄砲という新兵器が外国から伝来されてきていた。だが多くの武将はその価値・効果的な運用方法を見いだせず、旧態依然とした弓や刀による戦いに明け暮れていた。だが、織田信長はその鉄砲を上手く活用する方法を編み出し、長篠の戦いで名門武田の騎馬隊を打ち破った。

ネットは現代の鉄砲だ。これを上手く活用する方法を考えた人、組織が圧倒的な力を手にすることができる。その際たる例がアップルだ。

いけませんな。
最近家に帰っても寝るだけになってしまっている。
怠惰な生活は危険信号なのですよ・・・。

厄介者の真理
日本エレクトロニクス総崩れの真因
http://diamond.jp/articles/-/16183

面白い製品をつくれれば会社は立ち直るというような製品ベースの変革論や、
より低コストで作れるだけの生産体制を構築できれば会社は立ち直るというような管理ベースの変革論を否定し、
誰を相手に何を売るのかという立地ベースで変革論を考えていくところは論として切れ味があります。

が、では具体的にどうやってそれを実現していくかになると非常に難しい。

そもそもどうやってそのような人材を育成していくかというところもあるし、それ以上に社内をどうやって立地ベースの変革論を納得させるかという問題が大きい。既存の成功者たちがひしめく社内で新しいやり方を説得していこうとすると、十中八九つぶしにかけられる。

それを考えるとやはり三品のいうようにスピンアウトなどによる独立採算での変革しかありえないのかもしれない。
結局、会社を飛び出してでもやるというような気概のある人間が、このような変革の担い手となっていく。鈴木敏文や久夛良木健のように。そう考えると、若い頃は厄介者で問題児で扱いづらい人間というのが将来的にキーパーソンになっていくのかもしれない。そういう人間を大事に育てていこうという会社もなかなかないだろうが。

変革型トップをどう育てるか
コダックがもはや立ち行かなくなってしまったようだ。

コダックと言えばデジカメが普及するまでは名門中の名門企業だった。
しかし新技術の台頭によりデジカメが一般的になってからは壊滅的な打撃を受け、経営はずるずると悪化していった。
同業だった富士フィルムもデジカメの台頭で甚大な被害を受けたが、富士フィルムはドキュメントソリューションに事業の軸足を移すことで見事にイノベーションに対応することができた。

こうした転換を富士フィルムができた背景には社長の古森重隆の影響が大きい。デジカメの影響で壊滅的な影響を受けた写真事業から医療事業などに資源を投資し、事業ポートフォリオを大きく入れ替えた。経営資源の投資先を変えるとか事業ポートフォリオを入れ替えるとかそういったことは色々な会社がやっていることだが、成功事例は少ない。ソニーは見事に失敗し、富士フィルムや松下は業績的に成功したといえる。

なぜ成否がこのように真っ二つに分かれてしまうのか。

それを解くカギが、前回書いたように、トップ・マネジメントにあると考える。
昔はよくミドル・マネジメントが変革の鍵だといったものだが、90年代以降の事例をみてみると、どうもそうは言えない気がする。会社が傾き、カリスマ的創業者はもういない。そのときに第2の創業を成し遂げるだけの個性を持った人間がトップに立ち、舵取りを大きく変える。こうした、社内アントレプレナーシップとでもいえばいいような精神をもったトップをどうやって育てていくかを今後追いかけてみていきたい。

トップマネジメント論再考
日本的経営の成功譚をするとき、多くの場合そのミドルの活躍が強調されてきた。

金井は『変革型ミドルの探究』において組織変革の実行者としてのミドルを描き、加護野は『組織認識論』の中で突出ミドルによる新たなパラダイムの見本例の創造を描いた。

だがこうした強みにかかわらず、日本企業が世界市場においてその存在感が薄くなりつつあることは認めざるを得ない。

ソニーは近年、アップルに後れを取っているが、その背景には最新の経営指標導入やカンパニー制などの流行りの理論の導入によりソニーの文化が変質していってしまったことが考えられる。確かにEVAやカンパニー制は経営の効率性を高める上では合理的かもしれない。が、こうした政策によって効率的な資源配分が行われたことにより、社員は「今収益の上がる」事業に目を向けるようになり、「将来収益が上がっていく可能性のある」事業には手をつけにくくなった。これによりソニー特有の自由にして闊達な理想工場は失われていった。こうした政策の導入に当たって中心的な役割を担っていたのは他でもない経営トップの出井伸之やストリンガーであった。もちろん彼らが悪いと一概にはいえない。事実、彼らの基本構想はハードとソフトの融合であり、その方向性は間違っていなかった(そのことはiphoneの成功によりアップルが証明してくれた)。が、間違っていたのはその基本構想を実現するための戦術であったのだった。この事例を考えてみると、トップの迷走が企業の暴走を生みだしたといえる。

三品は日本企業の慢性的低成長の原因を経営能力のある経営者がいないことであると述べている。日本企業の場合、現場から内部昇進で這い上がってきた人間が50代ー60代でトップの座につくことがふつうである。こうした人間は現場レベルのオペレーションには長けているが、未来の構想を練るなどの全社戦略を立てることには不慣れである。そうしたトップが全社をミスリードすると、ソニーのような組織文化の劣化現象を引き起こし、そのことによりミドルが腐り、組織は暴走していく。

日本的経営の特徴の一つに、長期雇用による技能の養成がある。このことで技能は継承され、改善が生まれ、現場レベルにおける優れた人材が育っていった。しかし、現場レベルで優れた人材の条件は必ずしも経営層レベルで優れた人材の条件とは一致しない。現場レベルの人材の層が厚くても、経営者としての人材の層がうすくてはソニーのような優良企業の劣化現象が他の企業においても発生していきかねない。こうしたトップマネジメントの弱さこそが日本的経営の限界であり、今後の課題である。いかにしてトップを育成していくか、それがこれからの日本的経営の乗り越えていくべき壁である。