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自分探しとゲゼルシャフト
何年か前から、自分探しの旅に出る人が増えているそうです。中田英寿のマネをして、職業:旅人などという若者も少なくありません。かくいう僕も、引きこもりという形で自分探しの旅(?)に出た経験があります。そのため自分探しの旅に出る人が多いという現象は他人事ではないので、そのような現象が観察される理由を、社会学の見地から探究してみたいと思います。

その前に、自分探しの旅発生の原因と深い関係のある概念を紹介しておきます。社会学者テンニースの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』です。

近代化以前の社会では、血縁、友情で深く結びついた伝統的社会形態であるゲマインシャフトが一般的でした。俗に言う村社会が一般的な社会形態だったってことなのかな。

ところが近代化が進むにつれて、都市という新しい形態が生まれ、人々は都市へと移住するようになっていきます。それまでは気心の知れた人々としか暮した事がなかったのに、都市に移住したことで、まったく知らない人の隣近所で暮すようになったのです。こうして、隣にどんな人が住んでいるのかわからない、ご近所付き合いなんてほとんどないという匿名的な社会形態が形成されました。それがゲゼルシャフトです。

大雑把に言うと、近代化とともに社会形態がゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと変遷していくと指摘したのがテンニースでした。

こうしたことが自分探しの旅とどう関係しているのでしょうか。

ゲゼルシャフトへ変遷するにつれて、人によっては組織ごとに複数の人格を持つ人が増えていきました。会社では真面目人間だけど家庭では乱暴者、親の前では良い子だけど学校ではいじめっ子。こうしたことに対して、そもそも自分は何者なのか、という疑問を持ち始める人が出てきます。どの組織での自分が本当の自分なのか、自分は一体何者なのかという問題意識が生まれ、人によっては、「私」という存在に対する意識が不安定になる人が出てきたのです。こういうわけで、私は一体何者なのかを知るべく、自分探しの旅に出る人が出現するようになったのです。

ここまで書いてみて、ふと気になった疑問。
ここで書いたことが正しいとすると、自分探しをする人は近代化以降に出現したということになる。
でも、自分探しをする人は、近代から増え始めたというより、ここ数年増え始めたという。
話が合致しない???ということで、この話は保留。

コメント
自分探しの旅とか、世界一周旅行とかの行動は、
近代的都市の孤独感だけが条件ではないような気がする。

たとえば、旅の最中に資金の心配をしなくてすむ裕福さ。
たとえば、ある程度自国以外の情報が得られるグローバリゼーション。

一言で近代的都市といっても、商業・工業の発達による金銭的裕福さのほかにも、価値観の多様化や差別化などの精神的裕福さも大事なのではないでしょうか。

自分が恵まれた環境でぬくぬくと生きていることに気付かない日本人(私も含めて)。それでいてまだ何かが足りないと感じ、外へ出て、世界はまだまだ必要なものが手に入らない人であふれていることに気付く。案外、足りない何かはその「気付き」だったりして。
[2010/05/22 01:10] URL | tree3 #- [ 編集 ]

そもそも自分探しの旅ができるという環境自体がリッチ。明日の生活さえわからない環境下で生きている人々に比べると、自分が何者かわからないなんていうのは贅沢な悩みだね。

そう考えると、
生活水準の向上+都市化→考える余裕→自分探しの旅へ
という図式になっているのかも。
[2010/05/23 19:07] URL | Michio #- [ 編集 ]


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