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皆不安
最近、攻略本的な自己啓発の本が増えてきた。

『20代でやっておきたい〇〇のこと』、『30代になったらはじめたい〇〇』、『40歳を超えたら〇〇』、『第2の人生がはじまったら・・・』。
こういう本が多いのは、それだけその類の本は売れるからだろう。なぜ売れるのか。やはり皆これから先どうしていいか不安なのだと思う。先々を考えると何が起きるかわからない。でも、とりあえずなにかやっておきたい、何かをやっていれば「大丈夫、努力してるじゃないか」といいきかせて自分自身に対する不安をごまかすことができるじゃないか、そういう感情が攻略本的な自己啓発本の乱発を招いているのかもしれない。これは全くの憶測に過ぎないが、世の中のますます多くの人が心のどこかで大きな不安を抱えている。

身内だから、気付けない
オリンパス:損失隠し発覚 日本企業の法令順守に厳しい目
http://mainichi.jp/select/biz/news/20111109k0000m020096000c.html
オリンパスの長年に及ぶ損失隠しが発覚し、日本企業の法令順守(コンプライアンス)にはいっそう厳しい目が向けられそうだ。株式会社には取締役を監査する監査役が置かれるが、監査役自らが損失隠しに関与したとして辞任の意向を示すお粗末な事態で、財務諸表を四半期ごとにチェックしている監査法人も不正経理を見抜けなかった。海外メディアや投資家からも厳しい指摘が相次ぎ、日本は自浄能力を試されている。

いけないよー、こういうことは。
と言いたいところだけど、結構背筋が凍る出来事だったりする。
オリンパスの社員でこういう損失隠しの事実を知っていた人は、おそらくほとんどいない。大多数は複雑な処理を「なんだか複雑だなー」なんて思いながら右から左へ仕事を流していたのかもしれない。それが悪いといいたいわけじゃない。複雑な処理は複雑な分だけ時間がかかるから、どうしてもその処理の中身を十二分に理解した上で仕事を進めるということが難しくなる。問題なのは、自分が仕事を右から左へ流しているうちにこういう犯罪行為の片棒を担がされているということだ。こういう問題こそ、内部で気付くのが難しい。というか内部にいるからこそ気付けない問題だ。だからこそ、監査法人や社外取締役からの外部の目が重要になってくるのだが、その外部の目も今回の場合は丸めこまれてしまっていたようで、これではもうどうしようもない。コーポレート・ガバナンスは完全に失われてしまっている。こういうことが表ざたになると、いままでは問題なしとされていた会社が次々と問題児化して、次のオリンパスを生みだしていくことに今後なっていくかもしれない。これから先、必要以上に法令順守が厳しくなっていくと考えられる。

誠司で政治は変わらない。
民主党・前原誠司が次期代表候補に名乗りを上げている。現状、最有力なのだそうだ。

しかし、誰になろうと、政治は今のシステムを変えないことには何も変わらない。

今のシステムのベースは、戦後に作られたものだ。
その頃は日本にまだ産業基盤がほとんどなく、国を挙げて産業育成に取り組まなければならなかった。それゆえ政府は企業の保護者的存在となって、国際競争力を高めていくために官民協調をして高度成長の実現を画策した。その過程でいわゆる官僚が大きな役割を果たしていった。その様子は『官僚たちの夏』などの小説でも描かれている(どこまで真実なのかは定かではないが)。そして、事実、それは高度成長の基盤となり、日本は敗戦国から経済大国へとのし上がっていった。

しかし、その後はどうだろう。
行き先不透明で、毎年のように「成長戦略」の策定をしようとの大合唱。そして毎年のように首相が交代し、毎年のように変わる「成長戦略」。もはやこの国の政治という営みは不毛以外の何物でもなくなってしまっている。完全に機能不全だ。

こうなってしまうことの原因は、政府のポジショニングに問題がある。かつては産業の育成という課題があったため、政府は企業の保護者的存在になって民を主導していくことが求められた。しかし今は産業は自立し、むしろ政府が足を引っ張ってしまう状況にある。そんな状況下で政府=保護者というポジショニングは無理がある。そして、政府=保護者という前提で作られた官僚というシステム下では、これからの「成長戦略」などは築けない。この官僚というシステムにメスを入れなければ、だれが首相になろうともこの国は変わらない。

政府のこれからのあるべきポジションは、保護者ではなくパートナーという姿である。その意味で、政府はコンサルティングファームのような組織が望ましく、官僚はコンサルタントのような資質を備えていることが望ましい。なぜなら今求められているのは古いシステムを壊し、新しいシステムを構築することであり、そのためには将来を見通しを立て、外部環境の激変に耐えうるだけの能力を持つ人間がかじ取りをしていかなければならない。確かに官僚は非常に優秀だが、そういった激変期に官僚型人材は不向きである。官僚とコンサルタントの採用過程を見てみればそれがわかる。官僚の場合、豊富な知識を持ち、それを的確にアウトプットできる人間が採用されている。国家公務員Ⅰ種の試験などはその象徴といえる。一方のコンサルタントはとっさの状況判断力・ロジック・数少ない情報から解を導く推定力が求められる。マッキンゼーやBCGの面接内容が書籍化されているが、そういった試験内容がコンサルタントの資質の象徴といえる。そして現代の環境と照らし合わせて考えると、どちらが現状に沿った人材であるかは言うに及ばないであろう。

実際、東大の改革プロジェクトもマッキンゼーが大きな役割を果たしている。日本の最高学府でもコンサルティングファームの力を借りている点からみても、これからの方向性を見出すのは官僚ではない。

そもそも企業のシステムはどんどん変わっていっているのに、政府は66年前に作られたシステムでかじ取りをしていること自体無理がある。

こうしたシステムを変えなければ、首相がだれになろうと政治は変わらないのである。

経営知の日米比較と現代の企業論
経営学が進展するのは、経営者の暗黙知たる経営知を研究者が理論化して形式知に落とし込んだときである。

米国の経営知のルーツは、その多くがGEにある。GEの実績が研究され、経営知となり、そこから様々な経営知が生み出されてきた。その結果、様々な戦略論が米国ビジネススクールから生まれ、ミンツバーグによると10の学派に分類できるほどの数にまで膨れ上がり、百花繚乱の様相を呈している。

一方、日本の経営知のルーツは、その多くが松下とトヨタにある。トヨタ的な改善や松下的な分権経営が日本的な経営知のプロトタイプとして確立され、いわゆる日本的経営のベースとなっていった。その最たる特徴は、現場レベルの知を戦略にまで昇華させたことにある。トップというよりもむしろ現場を熟知したミドルが戦略の重要な担い手となっており、戦略の種類(全社戦略・事業戦略・機能別戦略)の中でもとりわけ機能別戦略に力点が置かれている。反面、全社戦略が希薄であるという短所をもつ。

日本で専門経営者の外部労働市場が未成熟なのは、現場レベルを源泉とする機能別戦略が強みであるため、現場を熟知した人間が内部昇進を経て経営者のポストに就く方がその企業の戦略を立てやすいためであると考えられる。しかしこれでは日本的な経営知は、カンパニースペシフィック・個別現場スペシフィックになる傾向が高いため、ユニバーサルな経営知が育まれない。これが日本発の戦略論が少ない理由であると考えられる。

不確実性高まる世界において、自力で未来を拓いていくための経営戦略が必要である。EV、代替エネルギー、新興国の勃興、、、絶えずイノベーションが求められる現代において、一歩判断を間違えればいかにジャイアントな大企業といえども突然死に追い込まれうる。それに対抗するためには強い全社戦略を生みだせる経営者を育て、そこからユニバーサルな経営知を創造し、発信していくことであるだろう。

ポーターの新理論
詳細は後日書きますが、
2011年6月号ハーバードビジネスレビュー
のM.ポーターの記事が絶品です。

Creating Shared Value 共通価値の戦略
大御所ポーターの最新の研究で、社会的問題の解決を経営戦略の主軸とすることが今後の競争優位の構築に欠かせないそうです。これまでの資本主義の考え方では、企業の利益と公共の利益はトレードオフであるというものでした。しかし、プラハラードのBOPの議論においてもみられるように、ユニリーバやマイクロファイナンスのように社会問題の解決によって業績を伸ばしている企業も少なくありません。GEにおいても、エコマジネーションという戦略によって、世界のエネルギー問題を解決しようとしています。社会問題の解決を足掛かりに、成長を加速させようとしています。こうしたことから、経済的価値と社会的価値の両方を創造することが今後の企業の成長を加速させる戦略になると指摘しています。



時間が無いので、詳細は後日。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 06月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 06月号 [雑誌]
(2011/05/10)
不明

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